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携帯の画像を整理していたら、忘れていた画像が出て来た。
それは僕が独立するまえ2ヶ月ほどやった仕事で三重を訪れ、立ち寄ったコンビニでトイレに飾ってあった額の画像。
「福沢諭吉 訓」と書かれた言葉のオブジェだった。
いつからか忘れたが、いつの間にか考えるようになっていた「言葉」。
日本では古くから「言霊(ことだま)」とゆう言葉があるように、「言」には「霊的魂が存在する」と考えられている。
イギリス17世紀の詩人ヘンリー・ヴォーンは「剣の力をペンで補わなければシーザーは忘れ去られているであろう」と語り、
「ペンは剣よりも強し」と言われるようになった。様々な偉人達は、同じ言葉のフレーズを繰り返す事で人の心をを動かしていた。
言葉には何やらの力を秘めている。
今になり自分の昔を思い返すと、転機には必ずと言ってよいほど「言葉」があった。
それは人からいただいたものだったり、自分で思いついたものだったり、メディアで知ったものだったりと様々。
今回は原点回帰で言葉の備忘録「その時Hamaは動いた」
自己満長文ですが、お付合いよろしく。
子供の頃は普通よりデブで、今で思うとちょびっとイジメられていたような感じの僕。
今のイジメのような陰湿なものではなく、イジられキャラ的な感じかな?
太っている=力がある訳で、気長だったが一度キレると徹底的になってしまう傾向があった^^;
「笑う門には福きたる」「七転び八起き」
普通に耳にする言葉だが、小さい頃は好きだったことわざ。
まぁ今でも思う「楽しく生きる」基本になっている。
その後、中卒で社会へ飛び出し自分の楽しみの為に働いた。
そうこうして18歳頃に「モテそう」と不純な動機で始めた職業「バーテンダー」。
ペーペーだった二十過ぎのある日、いつも少し飲んで喋って帰る年配の常連さんに、ある言葉をもらった。
「この店は僕にとっての精神科医だから」
この言葉をもらった時に全身の鳥肌が立ち、今まででは感じた事の無い感覚が身体を走った。
この頃からだと思うが「言葉」に対して興味を示し始めた僕。
「バーテンダー」とゆう職業名詞も調べてみた事があが、簡単に書くとこんな感じ。
バー(bar) = 対面カウンターのある形態の酒場
テンダー(tender) = 看護人、番人、監督
BAR運営全てを管理する職業と解釈した僕。
酒場を商品から接客・雰囲気に至るまで、時にはその人の人生を見守り続ける。
2つの言葉がきっかけにバーテンダーとゆう職業に誇りを感じ、一生貫こうと決心したのを今でも覚えている。
二十五の頃も先行きの事で迷いを感じた時期が少しあった。
たまたま貰ったチケットで気分転換に行ったサーカスの舞台。
観覧した中で気になった存在「ピエロ」があり、興味と不思議から心が動いた。
言葉というより名詞だが、調べてみると実に興味深いものだった。
日本ではフランス語の「道化師=ピエロ」が主流だが、海外では「クラウン」と呼ばれる職業。
サーカスのオープニング前から観客を盛り上げ、最後の最後まで舞台に立ち続ける陰の主役。
トランプのジョーカーの図柄にもなっている彼らは、ゲーム中オールマイティーに変化する。
空中ブランコや綱渡りでわざと失敗して、2回目には成功させる。
虎に追いかけられたり、ボールや一輪車にも乗る。
途中時間つなぎで観客を飽きさせない笑いの配慮があり、見ていて実に多彩で素晴らしい技術を持った職業だ。
更に調べて解った事は、古くは王様の機嫌を損ねないように芸を披露したり、困った時には的確なアドバイスをだしたり。
知恵や技術に秀でた者だけが、側近として立つ事が許されたようだ。
王様よりも高い位置にある輝く商号を与えられた、オールマイティーな職業が「ピエロ」。
そんなオールマイティーに憧れ、無我夢中で色々な情報や技術を覚えた頃。
今の僕の職業基盤が出来たのは、この言葉のお陰だと思っている僕である。
「今日は明日の糧、明日は未来の糧」
何かの本で見たのか忘れたが、ピエロと同じ頃に動かされた言葉。
「安土城は一夜にしてならず」のような積み重ねの大切さを表す意味。
自分の明日は自分で創る、未来の自分は明日の自分が育てるものと考えさせられた事を今でも覚えている。
「人生、一生勉強、一生青春」
差し入れでもらった寿司包みを何気なく広げてみたら書いてあった言葉。
この頃も運か縁か、先行きで少々悩んでいた時期。
この言葉のおかげで全てを吹っ切って新しい1歩を踏み出そうと決心した事を覚えている。
今でも僕の心の基本としている。
「全てにありがとう」
ある日、疑問に思った。
タバコが好きな僕だが、お金があれば誰でも簡単に買える。
僕の手元に届き火をつけて楽しむまでには、どれだけの人と時間が関わっているのだろう?
主なタバコの主原料はナス科の1年草で、畑から準備・収穫・発酵・出荷で約2年近くかかる。
運搬後に加工に入るのだが、調合や巻き加工・販売、紙やフィルターも考えても軽く4年くらい。
そこに携わる人を考えると想像もつかない。
電気やガスにも言える事だが、水道水が何も考えずに安全に飲める日本はなんて幸せな国なんだろう。
考えれないくらいに沢山の人たちが携わり、便利で安全な現在がある。
代償としてお金とゆう価値で解決しているにしても「ありがとう」と感謝しても罰は当たらないと心に感じた。
例えば自分の嫌いな人が居たとしよう。
話しをするのも見るのも嫌な合わない人。
逆に考えるとこうならないかな?
「嫌な人が居るから、良い人が解る」対極の原理。
周りに良い人ばかり居て、良い物ばかりある。
自分が慣れてしまい物事の基準が上がってしまう。
良い人ばかりに囲まれてもそのうち自我自欲が出てきて、良い人の中からさえも嫌な人を作ってしまう。
「あなたのお陰で良い人を感じる事ができる」
嫌な人でも対極原理から考えると、心の中でありがとうとお礼を言うに値するような気がする。
物に置き換えるとこんな感じ。
「嫌な物があるから、良い物が解る」 「心地悪いものがあるから、心地よい事がありがたい」
便利な携帯電話でも当たり前な存在になり依存してしまう。
電波が届かない所にきた時に「なんで繋がらない?」と.....
携帯無しでは何もできなくなってしまう依存型社会の現代日本。
身の回りにある全てをもう一度見直して、少しは感謝しても罰は当たらないだろうと思う。
下に上所重助氏の「おかげさま」を記載するので、一読してみてね^^
「嫌だと思った人ほど、仲良くなれると心強い存在に変わる」ってのが僕の経験語録^^b
何でも嫌だと感じても付き合ってみると(使ってみると)意外な発見があって、面
白いと感じるかもよ〜^^
さて、人はある日突然に悟りを開いたような感覚を感じ、いきなり哲学的に物事を語りだす時期がある。
この文をタイプしている僕もその一人と言える^^;
世界的不況、政治経済不安に物価上昇その他諸々、世の中ある時期より厳しい現状なのは間違い無い。
はてさて凄い大げさな対極話しになるが、昭和戦後から見ればどうだろう?
先代様や先輩達のお陰で、もの凄く便利な世の中になっているのは事実じゃないかな?
しかし悲しいかな、人間の欲には終わりが無い。
自己欲求の器はいとも簡単に大きなサイズに変わり、今までの満たしてくれた欲求では足りなくなる。
その欲求を満たすかのごとく 次から次へと目紛しいほどに新しい物が生み出され、振り回され一時の欲求を満たし忘れられ消えてゆく。
そんな使い捨てな世の中、1つの便利が多くの問題を引き起こす引き金になっているような気がしてならない。
少し一休みして身の回りを見回してみみない?
部屋の中・車の中・自分を取り巻く近距離世界。
個人で自分専用の携帯電話を持ち、勤めればそこそこの収入があり。
みんな身の程オシャレで、そこそこ自分の好きな物に囲まれているんじゃないかな?
今現代は足早に過ぎるものだが、自分の時間を流行に合わせる義務は無い。
たまには自分が好きな飲み物片手に、海に沈む奇麗な夕日を黙って見届けてみては?
自然の雄大さ、光の素晴らしさ、自分の小ささ、自分の置かれている幸せな環境。
自分より大きな存在に包まれて、きっと何か感じるはずだと思う。
「スローリースタイル」
これが全てでは無いとは思うが、現代人には必要だと僕は思う。
自分を取り巻いてくれている皆に支えられ、自分の店を開店させた幸せな僕。
なかなか絶妙な立地ながらも、飛び込みのお客さんも来てくれる。
非常にものすごくありがたい事である。
ある一人の男性が扉を開き、飲みに来てくれた。
話しの中で「言葉」話題となり、男性が動かされた言葉を教えてもらった。
「にこにこ顔で命がけ」
その男性が悩んでいた時に、雑誌かなにかで見た言葉。
命をかける訳ではないが、賭けるほど真剣にやらねばならない。
全ては自分のために。
しかし笑顔を絶やしてはいけない。
開店したばかりの僕の心に響く、非常に意味深い響いた言葉だった。
開店してから皆さんの応援あって暗中模索の1年が過ぎ、実際ネタ切れ寸前の2年目。
常連さんから何気ない話しでもらった言葉。
「頑張らないのが丁度良い」
常日頃頑張って考えて一生懸命は当たり前。
が、そこまで根詰めて自爆してしまうのなら、そこそこゆっくりも必要だよと言っていただいた。
休日は割り切って海でゆっくりしているが、仕事となると性分で抜けない自分が居た。
この言葉のおかげで心が明るくなり、気分が楽になった感じがしたのを覚えている。
最近になって思う事は前にも書いた対極の原理。
「時には不便が必要な時もある」
動く歩道にエスカレーターやエレベーター。
道を歩けば飲み物はコンビニや自動販売機で気軽に買える。
情報はネットで、いとも簡単!
携帯電話でさえも何でも調べれる便利な世の中になったもんだ!
自分でも利用しているが波情報で海の状況を知ったり、ネットでリアルタイムの海状況が見れるほどな世の中。
さ〜そこで不便を考えてみよう。
最高に美味しいビールを飲む為には?
一例だが、想像してみてね^^
暑い最中に歩き回ったり身体動かしたり、終わってからも飲み物をギリギリまで我慢。
サーバーから冷えたグラスになみなみと注がれるビールを横目に、おしぼりで汗を拭き。
目の前に置かれたグラスを持つと冷たさを肌で感じ、口の中へ注ぎ込まれるシュワシュワの液体。
冷たさがノドを通り抜け、胃袋の中で広がるとこまで感じられる究極の味わい。
僕は真冬でも日本海で波乗りしている変態系。 冷たい海から上がった後に飲む1杯のインスタントHotコーヒーは格別
な味わい^^
その後の楽しみは温泉としゃれ込むが、芯から冷えきった身体には最高に至福な時間。
「不便があるから味わえる本当の幸せ」だと思う^^
「幸せは自分のすぐそばに」とは善く言ったものだと思う。
近年はリーマンショックにトヨタショックと続き、政界も小学生のホームルームかと思わせるありさま。
日本経済どうなるやらと今に続く。
そこで09年度Hama的テーマは「カラ元気も元気のうち!」だ。
誰かの言葉でもあるが「元気があれば何でもできる!」元気に身体が動く事が幸せじゃん!
昔からあるけど「笑う門には福来る」
笑っていれば根拠は無いけど元気が湧いて、周りも笑う^^
笑顔は笑顔を呼んで、もっと面白くなる!
面白い事考えて笑えば楽しくなって良い考えも浮かぶ!
自分が楽しく考えて変われば、周りも変わり楽しい円(縁)が出来る!
そうすりゃもっともっと楽しく成るはず!
「笑う事には真剣に」大事だと思う^^
笑顔で人が楽しくなるなら、少しでも変えられるのなら、自分が笑顔になる事を考えれば世の中面
白くなるかもよ^^
さて本年10年度Hama的テーマの発表です^^
じゃじゃじゃ〜ん!「いつも胸には遊び心」
来年度はどんな言葉を感じる事ができるのか?
今後も楽しくなりそうな気配を感じる^^
◯「おかげさま」上所重助 ◯
夏がくると冬がいいという、冬になると夏がいいという。
太ると痩せたいという、痩せると太りたいという。
忙しいと暇になりたいという、暇になると忙しい方がいいという。
自分に都合のいい人は善い人だと褒め、 自分に都合が悪くなると悪い人だとけなす。
借りた傘も雨があがれば邪魔となる。
金をもてば古びた女房が邪魔になるり、世帯をもてば親さえも邪魔になる。
衣食住は昔に比べりゃ天国だが、上を見ては不平不満に明けくれて、隣を眺めて愚痴ばかり。
どうして自分を見つめないのか?
静かに考えてみるがよい。
一体自分は何なのか?
親のおかげ、先生のおかげ、世間様のおかげのかたまりが自分ではないか。
つまらぬ自我妄執を捨てて、得手勝手を慎んだら、 世の中はきっと明るくなるだろう。
俺が俺がを捨てて、おかげさまでおかげさまでとくらしたい。
◯ 福沢諭吉 訓 ◯
一、世の中で一番楽しく立派なことは一生涯を貫く仕事を持つことである
一、世の中で一番惨めなことは教養のないことである
一、世の中で一番寂しいことは仕事のないことである
一、世の中で一番醜いことは他人の生活を羨むことである
一、世の中で一番尊いことは人のために奉仕して決して恩に着せないことである
一、世の中で一番美しいことはすべてのものに愛情を持つことである
一、世の中で一番悲しいことは嘘をつくことである
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